
ESSAY
アメリカのスーパーには「エクスプレスレーン(少量専用レジ)」が今でも一般的に存在しますが、日本では一部で導入されたものの定着しませんでした。その理由は、買い物習慣や行列に対する考え方といった文化と仕組みの違いにありました。
当時のアメリカでは、こうした発見が日常のあらゆる場所に存在していました。
→ 「1990年代アメリカ体験記|現地で感じた文化の正体」
→1990年代のアメリカのスーパーを一覧で見る。
レジの端にあった、小さな特権
90年代のアメリカのスーパーには、ちょっとした「近道」があった。
レジの一番端。
あるいは、両端にぽつんと置かれた専用レーン。
そこにはこう書かれている。
“7 items or less”
いわゆる、クイックレジ。
少量の買い物客だけが使える、特別なレーンだ。
当時の私にとって、とにかくこれが便利だった。
少量買いの国で、待たないという贅沢
カリフォルニアは、スーパーの数がとても多い。
その代わり、日本のようなコンビニは少ない。
だから自然と、「ちょっとだけ買う」という使い方もスーパーで済ませる。
そしてその「ちょっとだけ」のために、このクイックレジが用意されている。
結果はシンプルだ。
ほとんど待たない。
大きなカートで山のように買う人たちを横目に、
数点の商品だけを持った自分は、すっと前へ進む。
ほんの少しの優越感。
そして、ほんの少しの合理性。
よくできた仕組みだと思った。
「How are you doing today, sir?」というおまけ付き
もうひとつ、密かな楽しみがあった。
レジに立つと、ほぼ必ずこう声をかけられる。
“How are you doing today, sir?”
短いやりとり。
決まり文句のような会話。
それでも、なぜか心地いい。
待たないレジと、ほんの一言の会話。
この組み合わせが、ちょっとした日常のアクセントになっていた。
だから当時、私は思っていた。
「これ、日本にもあればいいのに」
帰国後、地元のスーパーのご意見カードにも書いた。
ただし、“How are you doing today, sir?”は除いて。
でも、かなり本気で‥‥‥
現在──残ってはいるが、変わった
あのクイックレジは、今でもアメリカに残っている。
名前は一般的に、“Express lane”。
「10 items or less」「15 items or less」といった表記で、
今も多くのスーパーの端に設置されている。
配置も、あの頃とほとんど変わらない。
ただし、中身は少し変わった‥‥‥
1. ルールは、ゆるくなった
昔は「7点まで」と、どこか厳密だった記憶がある。
今は少し違う。
“about 15 items”──だいたい15点。
この「だいたい」が、すべてを物語っている。
数える文化は、少しずつ薄れた。
2. 実質、自己申告制
さらに言えば、これはもう「マナーの世界」だ。
明らかに商品数が多い人が並んでいても、店員が止めることはほとんどないらしい。
トラブルを避けるためだ。
つまりこのレーンは、ルールではなく、良心で運用されている。
そして、その良心はときどき裏切られる‥‥‥
3. 主役はセルフレジへ
もうひとつの大きな変化。
クイックレジそのものが、セルフレジに置き換わりつつある。
- 自分でスキャンして
- 自分で支払う
少量の買い物なら、その方が早い。
結果として、セルフレジ=実質エクスプレスレーン
そんな構図になっている。
店によっては、あの「専用レーン自体」がほぼ消えていることもある。
日本では、なぜ広がらなかったのか?
では、日本はどうだったのか?
結論はシンプルだ。
一部で試みはあったが、定着しなかった。
理由はいくつかある。
1. そもそもスーパーで「少量買い」をしない
コンビニがどこにでもあり、少量の買い物はそこで済ませる文化がある。
だから、わざわざスーパーに「少量専用」を作る意味が薄い。
2. 行列に対する感覚の違い
- アメリカは「並びたくない」。
- 日本は「並ぶのは仕方ない」。
この差は意外と大きい。
3. 「何点まで?」という線引きが、逆に摩擦を生む
ルールを守る文化だからこそ、守らない人が目立ち、空気が悪くなる。
4. 決定的なのが、進化の方向だ
日本は別の解決策を選んだ。
- セルフレジ
- セミセルフ(支払いのみセルフ)
- スキャン&ゴー
結果として、エクスプレスレーンを作る必要がなくなった。
結局、こういうことかもしれない
あのとき、私は「便利だから日本にも‥‥‥」と思った。
でも今振り返ると、こう言える。
- アメリカは、ルールはあるが、守らない自由がある。
- 日本は、ルールは守られるが、仕組み自体が消えていく。
どちらが正しい?という話ではない。
ただ、あのレジの端にあった小さな特権は、その国の性格を、静かに写していたのかもしれない。
エクスプレスレーンは、単なるレジ効率化ではありませんでした。「客側が自分で判断する」という、アメリカ型サービス設計の象徴でもありました。その感覚は、スーパーの入口から店内全体に一貫して存在していました。
当時の実体験を横断的にまとめた中心記事はこちらです。
→ 「1990年代アメリカ体験記|現地で感じた戸惑いと文化の正体」