
DISCOVERING AMERICA
ナンバープレートは車に必ず付いているもの——そう考えるのが日本では当たり前です。しかし1990年代のカリフォルニアでは、フロントナンバーのない車が普通に走っていました。これは違反なのか、それとも文化なのか。本記事では、カリフォルニアのナンバープレート制度と「Fix-it Ticket」という仕組みを通して、日本との交通文化の違いを実体験から読み解きます。
フロントナンバーのない午後
1990年代のCalifornia では、前面にナンバーが付いていない車をよく見かけた。
交差点でも、スーパーの駐車場でも、ダウンタウンの路肩でも。
正面が妙にきれいなのだ。
本来なら数字とアルファベットが主張しているはずの場所に、
何もない‥‥‥
グラフィックとしては、かなり完成度が高い。
法律はあるが、空気は穏やか
もちろん法律はある。
カリフォルニアでは、原則として前後2枚のナンバープレートが必要だ。
ダッシュボードに置いても、正式な装着とは認められない。
つまり、付いていなければ違反である。
それでも街は、まるで
「まあ、そのうち付けるでしょ」
と言わんばかりの落ち着きだった。
Fix-it Ticketという仕組み
理由のひとつが、Fix-it ticket という制度だ。
軽微な違反は、直せばいい。
期限内に修正すれば、罰金は軽減、あるいは免除される。
罰よりも修正。 叱るよりも手直し。
社会が言っているのは、たぶんこういうことだ。
「壊れていないなら、あとで整えればいい。」
違反は未完の作業
だから前ナンバーを付けない人がいた。
輸入車に穴を開けたくない。
クラシックカーの顔を守りたい。
ブラケットがまだ届いていない。
そして多分、こう考えている。
止められたら、そのとき付ければいい。
この発想は、無責任というより、効率重視に近い。
違反は永遠の罪ではなく、未完の作業だ。
日本との交通文化の違い
日本では少し事情が違う。
違反は確定し、反則金は戻らない。
社会は予防的に設計されている。
こちらは完成品を求める文化だ。
あちらは、
重要なのは罰することではなく、直させること。
完全であることより、機能していること。
計算された余裕
あの頃の西海岸は自由に見えた。
フロントプレートなんか気にしない空気。
だが、よく考えると
あれは自由というより、
計算された余裕だったのだろう。
間違いは罰せられる前に修正される。
社会は、その程度では揺らがない。
それは無秩序ではなかった。
合理主義だったのかもしれない。
フロントプレートのない午後、都市はきちんと回っていた。
私はシャッターを切りながら、
「ずいぶん思い切ったデザインだな」
と感心していた。
違反車を撮っているのに、どこか洗練された広告写真のようだった。
合理主義というのは、ときどき見た目まで整えてしまうらしい。
