— なぜフライドポテトは英語で通じない? アメリカで笑われた理由とFrench friesとの違い【Burger King実体験】—

Burger King meal with Whopper, fries and drink on a picnic table at William Land Park in Sacramento, 1992
Sacramento, CA, USA — Nov 1992 · Velvia50

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ESSAY


1990年、初めて降り立ったアメリカ。最初の食事で選んだのは Burger King でした。しかし、何気なく注文した「フライドポテト」が思わぬ笑いを生むことになります。日本では当たり前の言葉が通じない――その小さな違和感から見えてきた、日米の言葉と文化のズレを、実体験をもとにユーモラスに描きます。

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1990年の年末、まだ一人で空を越えることにも慣れていなかった頃。
機内食を最後に、ほとんど何も食べないまま辿り着いた。
そこが、カリフォルニアの州都サクラメントだった。
胃は空っぽ、時差で頭はぼんやり。
それでも「ついに来てしまった」という妙な高揚感に包まれていた。


滞在先の向かいには、やたらと大きいショッピングセンターが広がっていた。
当時は Lucky という大型スーパーと Pay Less というホームセンターが並んでいた。
残念ながら、今はどちらも姿を消してしまっている。
あの頃はさらに小さな店が寄り集まって、そこは一つの「街」のような顔をしていた。

とにかく駐車場が広い。
広いというより、もはや店までが遠い。
店内にたどり着くまで、軽く遠足である。
その駐車場には、ウサギほどのサイズのリス達が平然と走り回っていた。
彼らが「ここはもう日本ではないよ」という現実を、大げさに教えてくた。


その巨大な駐車場には、いくつかのファストフード店と銀行が点在していた。
その中にあったのが、当時まだ日本未上陸だった Burger Kingである。
日本ではハンバーガーといえば マクドナルド 一強だった時代。
「アメリカでは、むしろBurger Kingだ」と聞いていた。
私は、なぜか少し通ぶった気分でその店を選んだ。
とはいえ内心は、店が一番歩かずにすむところにあったからだ。
初めてのアメリカの食事、失敗は許されない。
そんな妙なプレッシャーを背負いながら、カウンターに並んだ。


レジには高校生くらいの女の子がいた。
こちらを見て、にこっと笑う。
よし、ここは落ち着いていこう。
まずは王道らしい「Whopper」から注文した。
なんとなく発音もそれっぽく言えた気がする。
POPEYEのハンバーガーおじさんウインピーが食べていたハンバーガー。
当時は、それが「Whopper」だと勝手に思い込んでいた。

そして問題はその次だ。
ポテトの注文だ。
ここで僕は、妙な自信に満ちていた。
ポテトの発音は、中学生の時何度も練習したからだ。
ひょっとして、複数形の方がいいのかな?
でも、まあ大丈夫だろう。
私は胸を張って言った。

“fried potato.”

その瞬間、女の子が吹き出した。
遠慮のない、見事なまでの大笑いだった。
あまりにもストレートに笑われた。
こちらも一瞬フリーズするしかない。
そして彼女は笑いをこらえながら、優しくこう聞き返した。

“French fries?”

そこに“potato.”という単語はなかった。
ああ、それだ!それそれ!
それを言いたかったのに‥‥‥
なぜ私は「揚げたジャガイモ」を説明してしまった。
料理番組か。


そこから先は、レジを打ちながらインタビューが始まった。
「どこから来たの?」
「高校生?」
「日本では本当に“fried potato”って言うの?」

私はしどろもどろになりながら、「日本ではマックでも“フライポテト”って言うんだ」と説明した。
彼女は「へえ!」と本気で驚いていた。
そして楽しそうに、「こっちではどこでも“fries”でいいのよ」と教えてくれた。
つまり私は、「間違ってはいないが、誰も使わない英語」を、ドヤ顔で披露してしまったわけだ。
初日からやってしまった感がすごい。


部屋に戻って、紙袋から取り出したWhopperにかぶりつく。
これがまた、衝撃的にうまかった。

炭火の香りがする分厚いBBQビーフ。
日本では見たことのない量のレタス、分厚い生のオニオン、同じく分厚いトマト、。
野菜が「添え物」ではなく「主張してくる存在」として挟まっていた。
「ああ、これが本物のハンバーガーか‥‥‥」と妙に納得した。

そして横には、あの“fries”。
さっきまで自分が笑われたネタである。
ポテトを一本つまみながら、ふと思った。

1990年、日本ではすでにマクドナルドは当たり前に存在していた。
メニューは当時も今も「マックフライポテト」となっている。
でも、この店、バーガーキングはまだ日本にない。
同じハンバーガーショップなのに、言葉が通じない。
この違和感が、じわじわと面白くなってきた。


整理してみると、このズレはなかなか興味深かった。
アメリカの マクドナルド ではただの“fries”。
なのになぜか、日本では「マックフライポテト」。
同じく Burger King はアメリカで“French fries”。
日本では「フレンチフライ」。
KFC に至っては、アメリカではやはり“fries”。
日本ではシンプルに「ポテト」。
そして極めつけが A&W。
アメリカではやっぱり“fries”なのに、日本では「スーパーフライ」。
もはやポテトはどこにもいない。
日本に来ると、ポテトもヒーローっぽくなる。


ここでようやく腑に落ちる。
日本では完璧に通じる「フライドポテト」。
アメリカでは丁寧すぎて、むしろ笑われた。
言葉というのは、正しいかどうかではない。
「その場で誰もが使っているかどうか」なのだ。
アメリカでは、ただの“fries”。それで全部通じる。
けれど日本では、名前を与えられ、個性を持ち、ブランドになる。
そして、最後には「スーパーフライ」になる。
ポテトにまでストーリーを与える国、それが日本なのかもしれない。


店を出た帰り道、現地の人に道を聞かれた。
なぜ、現地の人から見たら外国人の自分に聞いたのかわからなかった。
ただ、その時は「理解できない」という事実が、そのまま「この先やっていけるのか」という不安に変わった。

さっきは笑い話だったのに、今度は少しだけ不安。
でも、その不安のすぐ隣で、さっきの女の子の笑い声がよみがえる。
ああ、自分は今、完全に「外側」にいるんだな、と。


そして思った。
たぶんこの先も、
何度も笑われる。
何度も間違える。
でもそのたびに、“fries”みたいな小さな正解を一つずつ覚えていけばいいんだ。
あの日の一袋のポテトは、ただのサイドオーダーじゃなかった。
自分が外の世界に入っていくための、最初の一口だったのかもしれない。


実は今回の「なんでそうなの?」という違和感だけではありませんでした。
他にも、一生忘れられない味に関する強烈な違和感もありました。

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