
ESSAY
1991年2月、まだ一人で飛べなかった頃、操縦免許を持つ友人に連れられて訪れた General William J. Fox Airfield。そこで出会ったのは、静まり返ったGA空港の片隅にあるダイナーと、「Hot Spiced Apple Cider(ホット・スパイスド・アップルサイダー)」と呼ばれる忘れられない一杯でした。コーヒーのように黒く、強烈に甘く、スパイスの効いたその味は、今でも再現できていません。この文章は、その不思議なドリンクと、記憶に残る場所の物語です。
→1990年代アメリカで体験した味のカルチャーショックを一覧で見る。
1991年2月、その頃は、まだ一人では飛べなかった。
計器の読み方も曖昧で、訓練という名の空を飛ぶという行為を始めたばかりだった。
ある日、すでに操縦免許を持っていた友人が「ちょっと寄るだけ」と言って誘ってくれた。
目的地は、General William J. Fox Airfield だった。
彼の着陸はあっけないほど静かだった。
モハベ砂漠の中にある滑走路は、無駄と思えるほど広かった。
そして、エプロンには数えきれないほどの小型機が駐機していた。
なのに、人の気配が全くなかった。
懐かしい駅舎のようなターミナルもあるにはあった。
そこにはソファーと旧式の自販機が置いてあるだけだった。
ほとんど使われている気配がしない。
風が通り抜けていく音だけが、やけにクリアに聞こえていた。
さらに、空港なのに、いつもと違って待つものが何もない。
その不思議な空白の中に、自分たちは降り立った。
「ここで免許を取ったんだよ」
友人はそう言って、迷いなく歩き出す。
彼にとっては訓練のホームベースだった「いつもの場所」である。
でもこちらにとっては、すべてが初めだった。
そして、すべてが少しだけ現実離れしていた。
空港ターミナルの片隅には、古いダイナーがあった。
観葉植物で仕切っただけの店内は、完全に時間が止まっていた。
ミッドセンチュリーの名残のようなインテリア。
使い込まれたテーブルと椅子、色あせたメニュー。
その中で、自分たちの足音だけが、やけに響いた。
店を切り盛りしていたのは、高齢の女性だった。
常連らしい友人に軽くうなずき、何も聞かずにカップの準備を始めた。
その動きには迷いがなく、「いつもの時間」がそのまま流れているようだった。
出てきたのは、二つのマグカップに入った黒い飲み物だった。
コーヒーに見えた。でも違う‥‥‥
表面はわずかに鈍く光り、カップの底が見えない。
スプーンを入れたら、ゆっくりと沈みそうな、そんな色だった。
「これ、飲んでみな」
友人は笑いながらカップを差し出した。
一口目で、口の中が混乱する。
甘い‥‥‥
でもそのすぐ後に、何かが来る。
いや、「何か」だけではない。
いくつもの「何か」が来る。
層になって押し寄せてくる‥‥‥
クローブの鋭さ?
シナモンの丸さ?
どこか薬棚の奥から取り出してきたような、あの乾いた懐かしい香り‥‥‥
そして、それら全部を包み込むような、濃すぎる甘さ。
思わずカップを少し遠ざける。
もう一度見る。やっぱり黒い。やっぱりコーヒーに見える。
でも完全に別物だ。
二口目は、少しだけ慎重になる。
今度は構えている分、味が分解されて感じられる。
ああ、これは「飲み物」というより、煮詰めた何かだ‥‥‥
ジュースでも、スープでもない。
どちらかというと、ゆっくり効いてくるタイプの、あの感じに近い。
そして三口目で、気づく。
止まらない。
強い。濃い。正直、ちょっと変だ。
それなのに、また口に運んでしまう‥‥‥
ちびちびとしか飲めないはずなのに、気づくとまた飲んでいる。
「それ、好き嫌い分かれるんだよ」
友人が言う。
確かに分かれるだろう。でも問題はそこじゃない。
これは「好きか嫌いか」で判断する飲み物じゃない。
体が勝手に反応する味だ。
口の奥に、じんわりと残る。
舌というより、喉の奥とか、鼻の奥とか、そういうところに居座る。
まるで、香りがどこかに「引っかかる」みたいに。
外に目をやると、エプロンとそのはるか向こうに滑走路が見える。
相変わらず、人はいない。飛行機も動いていない。
午後の時間だけが、少しだけゆっくり流れていた。
この空港は、何も起きていない。
でもその何もなさが、この味には妙に合っていた。
もしこれを、にぎやかな街中で飲んでいたら、ここまで記憶に残らなかったかもしれない。
もしこれが、きれいに整ったカフェで出てきたら、ただの変わった飲み物で終わっていたかもしれない。
でもここでは違った。
飛べる人間と、まだ飛べない人間。
広いのに使われていないような空港。
そして、どこにも売っていない、濃い癖のある味。
その全部が、ひとつのカップの中に収まっていた。
結局、その飲み物の名前は「Hot Spiced Apple Cider」だった。
このダイナーの長年続くオリジナル看板メニューらしい。
残念ながら、現在はこのノスタルジックなダイナーはもうない。
残っているのは、自分の中の鮮烈な味の記憶だけだ。
その後、機会のあるごとに「Hot Spiced Apple Cider」を飲んでみた。
あの黒さ。あの甘さ。
あのクローブの、少しだけ「やりすぎた」感じ。
二度と出会うことはできなかった。
今でもときどき思い出す。
ルートビアを飲んだときの最初の衝撃。
リコリスを噛んだときのあの妙な違和感。
そして、この味も、アメリカの鮮烈な記憶として残っている。
再現しようとしても、たぶん同じにはならない。
同じ材料を揃えても、同じ火加減で煮てもダメだろう。
あの時代の静けさまでは再現できないからだ。
それは、レシピでなかった。
あの時代と、あの空港と、あの高齢の女性が作った記憶だった。
今回の味や味覚の「なんでそうなの?」という違和感
他にも、食べ物に関する違和感がありました。
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