— 公衆電話:「おつり」を返すアメリカ vs 返さない日本|設計思想の違いを体験 —

Close-up of a 1990s American payphone coin panel showing instructions to deposit 25 cents and a note that coins will return if no answer
American Payphone, USA — 1989 · Velvia50

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DISCOVERING AMERICA


「おつり」を返す公衆電話と、決して返さない仕組み。

1990年代、公衆電話は街のインフラでした。アメリカは「おつり」を返し、無銭でも接続できたのに対し、日本は「おつり」なしと、テレカによる前払いが主流でした。この違いは、「誰でも使えることを優先する設計」と「確実に回収する設計」という思想の対比を映し出していました。


1990年代。
「電話を持ち歩く」という発想は、まだ一般的ではなかった。
だから、電話は街にあった。
ガソリンスタンドの脇、モーテルの前、ショッピングモールの入口——
公衆電話は、インフラそのものだった。
必要な時にそこへ行き、受話器を上げ、誰かとつながる。
いま振り返れば、とても静かで、しかも確実な通信の風景だった。

雑な自販機と精密な公衆電話

そんな時代にアメリカを歩いていて、どうにも引っかかる違和感があった。
自販機はどこか雑なのに、公衆電話だけがやけに精密なのだ。


自販機だと、紙幣はなかなか通らない。
硬貨を入れても無視される。
やっと反応したと安心したら、今度は商品が出てこない——
さらに、最初からお釣りが出ない設計の自販機もあった。

そんな「気分屋」のような自販機が、当時のアメリカでは「普通」だった。
利用者のほうが「まあ、こんなものか」と合わせていた。
ところが、そのすぐ隣に立っている公衆電話は、まるで別人格だった。
こちらは、驚くほどきちんと動く。

なぜアメリカは「おつり」を返したのか

5セント、10セント、25セント。
投入した硬貨は、正確にカウントされる。
そして、使わなかった分はお釣りとして、きちんと戻ってくる。
わずかな差額も見逃さない。
「あ!ちゃんと返してくれるんだ」
と、妙なところで感心した記憶がある。

機械が、きちんと帳尻を合わせてくる——
当時のアメリカでは、むしろ珍しい種類の安心感だった。


さらに不思議なのは、お金を入れなくても使えることだった。
受話器を上げれば、オペレーターに繋がる。
そこから、コレクトコールを依頼できる。

つまり、まず通信を成立させることが優先されていた。
「料金は、あとからどうにでもなる」という思想だ。
極端に言えば、「とにかく、つながれ」という設計である。

なぜ日本は「おつり」を返さなかったのか

一方、日本の公衆電話は、まったく違う顔をしていた。
使用できる硬貨は、10円と100円だけ。
100円を入れたら、その時点でお釣りは「返さない」のが前提だった。
細かく精算するというより、「使い切る」ことが求められる仕組みだった。
オペレーターにつなぐにも、まず10円硬貨を入れなければならない。
通信よりも先に「料金の支払い」が必要だった。


なぜ、そんな設計だったのか?
理由はシンプルで、「お釣りを補充するコスト」だ。
公衆電話の中に、釣り銭用の硬貨を常に補充し続ける。
そのためには、人手も手間もかかる。

それなら最初から「お釣りを返さない設計」にしてしまえ。
全体としては、合理的だったのだろう‥‥‥
しかし残念な事に、利用者が少しだけ不便を引き受けることとなった。
そのおかげで、システム全体はすっきりと回った。

テレホンカードという完成形

そして、この設定思想は、やがて完成形にたどり着く。
「テレホンカード」である。

あらかじめ前払いで金額を支払い、その範囲内で通話をする。
そこには、釣り銭も現金管理も存在しない。
運用側から見れば、これ以上ないほど効率的な仕組みだった。
現金は先に回収され、利用はその後に発生する。
これほど「取りこぼしのない設計」もなかなかった。

そして、この様なプリペードカードのシステムは、日本で一気に普及していった。


ただし、この仕組みには「副作用」があった。
使われないまま残るお金が、静かに積み上がっていくのだ。

財布の中に一枚、引き出しの奥にもう一枚。
「いつか使うだろう」と思われながら‥‥‥
結局、使われないたくさんのテレホンカード達。
500円分、1,000円分、あるいはそれ以上——
金額としては小さい。

しかし、それが社会全体で積み重なれば、かなりの規模になるはずだ。
そして、そのお金は誰にも強く意識されることはなかった。
時間とともに、忘れられていった。

正反対の設計思想

考えてみれば不思議な話である。
アメリカの公衆電話は、使わなかった分をきちんと返してくれる。

一方で日本の公衆電話は、最初から「返さない」ことを前提に設計されていた。
そしてその延長線上に、完全前払いのテレホンカードがある。
どちらも、運用側から見れば合理的ではある。
しかし、合理の向いている方向が、アメリカとは真反対だった。


アメリカは、水道の様に「誰かが使えない状況を作らない」ことに力を注いでいた。
多少コストがかかっても、まずは誰でも使えることを優先する。
だからお釣りは返すし、硬貨がなくても接続の道を残す。

日本は、「取りこぼさない」ことに力を注いでいた。
利用と料金を切り離さず、全体の整合性を守る。
そのために、利用者が運用者の都合の良いシステムに合わせることとなった。


面白いのは、この思想の違いが、街角の小さな機械にまで現れていたことだ。
気まぐれな自販機と、妙に几帳面な公衆電話。
そのアンバランスさの中に、「何を優先する社会なのか」が、うっすらと透けて見えていた。


これは公衆電話だけの話だけではありません。
→ 日米の仕組み全体の違いを見る

公衆電話はどこへ消えたのか?

そして現在。
携帯電話、さらにスマートフォンが普及した。
おかげで、公衆電話は急速に姿を消した。

アメリカでは、撤去のスピードが早かった。
都市部では、ほぼ絶滅状態に近い。
「普通に使える公衆電話」を探すのは、ちょっとした冒険になっている。
残っているのは、緊急通報用としての最低限の設置。
そして、空港・古い駅といった限定的な場所。
あるいは観光地の「レトロなオブジェ」としての存在だ。


一方の日本では、災害時のバックアップとして体系的に維持されている。
あの「お釣りは返さない」仕組みも含めて、今も静かに残っている。


どちらが正しいという話ではない。
ただ、同じ電話という装置を前にして、
片方は「まず誰でも使えること」を守り、
もう片方は「確実に回収すること」を守っていた。
その違いが、硬貨の戻り方や、一枚のカードの行き先にまで現れていた。


そして気がつけば、私たちは電話を持ち歩いている。
あの頃、街に立っていた電話たちは、役目を終えつつある。
それでも、あの受話器の重さと、小銭の感触だけは、やけに鮮明に残っている。


公衆電話のおつりは、あくまで一例です。
インフラ、制度、日常のあらゆる場面に共通しているのは?
→ 日米の仕組み全体の違いはこちら

Full view of a Pacific Bell payphone in San Francisco, photographed in 1992, with graffiti-covered booth and metal handset
San Francisco, CA, USA — Mar 1992 · Velvia50

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