
ROAD TRIP 1990–1992
1991年5月。ナビもスマートフォンもない時代、紙の地図だけを頼りに始まったロードトリップ。1日目午後の、サン・グレゴリオ(San Gregorio)での記録。ラ・オンダ(La Honda)の意味、静かなアメリカ、音のない世界、風がつくったポートレートなどを紹介します。
深い谷の始まり
ラ・オンダ・クリーク保護区(La Honda Creek Preserve)に佇んでいた、映画のセットのような味わい深い「赤い納屋」。
彼女に別れを告げた。
旅は、次のフェーズへと入る。
「La Honda」と書かれた標識を見て、頭に日本の自動車メーカーの名前が浮かんだ。
しかし、ここはアメリカ西海岸。
実は、これは立派なスペイン語なのだ。
スペイン語の「h」は発音しないのがルール。
つまり、現地風に言うなら「ラ・オンダ」が正解だ。
意味は「深い場所」あるいは「深い谷」。
その名の通り、車を進めるほどに、深い自然の懐へと吸い込まれていくことになった。
やがて車窓を流れる景色は、緩やかな丘陵地帯へと変わった。
完璧に舗装された日本の道路とは違い、どこか大雑把で、ひび割れたアスファルトだった。
緩やかなカーブが、巨大な緑の絨毯を縫うようにどこまでも続いていた。
「あぁ、これ、何かに似ているな」
ハンドルを握りながら、記憶の引き出しをひっくり返して思い出した。
それは、遥か遠く、九州が誇る屈指の絶景山岳ドライブコース「やまなみハイウェイ」だった。
スケール感は違うが、駆け抜ける爽快感は完全に一致していた。
窓を全開にすると、風が車内に飛び込んできた。
髪をめちゃくちゃに掻き乱した。
まるで風の背中に乗って、丘の斜面を滑るような爽快感だった。

鼻腔をくすぐる「予感」の正体
カリフォルニアのやまなみハイウェイを進むにつれ、肌に触れる空気がじわじわと変化していくのに気づいた。
それまでは、木々の匂いを含んだ「山の風」だった。
それが、少しずつ、ほんの少しずつ、湿り気と塩気を含んだ「海の風」へとグラデーションのように変わっていくのだ。
日本でも、経験がないだろうか。
ドライブの途中、まだ海は見えない。
でも、「あの丘を越えたら、絶対に海が広がっている」と確信する時の、あの胸のざわめき。
潮の香りが、視覚よりも先に景色を教えてくれるのだ。
海がだんだんと近づいている。
その確信めいた予感が、アクセルを少しだけ強く踏み込ませた。
怖いくらいの静寂と、耳鳴りだけの世界
車は「深い谷(La Honda)」を抜け、さらに西の「サン・グレゴリオ(San Gregorio)」に入った。
ここでも、世界から「人間」の気配が、綺麗さっぱり消え失せたていた。
これが、本当の「静かなアメリカ」なのだろうか。
時折、忘れた頃に車とすれ違うだけで、歩いている人など一人もいない。
おもしろいのは、人間だけでなく、動物たちもどこかマイペースなことだ。
ふつう牧場の馬や牛といえば、群れをなして固まっているものだ。
しかし、ここの住人たちは違った。
広い丘の上に、一頭の馬がぽつん。
遥か遠くに、牛がまた一頭でぽつん。
「おいおい、君たち寂しくないのかい?」と声をかけたくなる。
みんな単独行動で、贅沢すぎるパーソナルスペースを満喫していた。

たまらなくなって、私は道端に車を止め、エンジンのキーを回して切った。
ブルルン……と静まり返るシリンダー。
そこから先は、先ほどのラ・ホンダ・クリーク保護区でも味わった、完全なる「静寂の世界」だった。
耳をすます……
聴こえるのは、鳥たちのさえずり。
そして、サワサワと乾いた音を立てて靡(なび)く草の音。
日本の田舎の静けさには、どこか湿り気がある。
カエルの声だったり、湿った土の匂いだったり。
しかし、ここの空気はどこまでも乾いていて透明だった。
その乾いた風が通り過ぎると、その後に残るのは「音のない世界」だった。
あまりの静けさに、自分の耳の奥で「キーン」と鳴っている耳鳴りだけが大きくなってくる。
「あ、今、自分は世界の最果てにいるのかもしれない」
少しの恐怖と、それを上回る圧倒的な自由。
この「怖いくらいの静寂」は、この先の西海岸の奥深くへ進む中で、何度も遭遇することになる。

風が形作った、ある牧場のポートレート
その静寂の中でT90を向け、Velvia50で撮影したのがこの一枚だ(冒頭の写真)。
ここはサン・グレゴリオにある牧
写っているのは、まさに海沿い特有の丘陵地帯。
いわゆる「コースタル・ヒルズ」の典型的な風景である。
地面を覆うのは、カリフォルニアの初夏を象徴する、黄金色に焼ける手前の乾いた草地。
そして何より目を引くのは、画面の右側を大胆に支配している巨大な常緑樹だ。
これは「モントレー・サイプレス(モントレー糸杉)」。
枝は海とは逆方向へ、逃げるように伸びていた。
これこそが「風が作った景色」なのだ。
太平洋から吹き付ける強烈な海風を、何十年と浴び続けた。
その結果、木そのものが風の形に変形してしまったのだ。
「海はもうすぐそこだよ」と木が教えてくれていた。
左手に目を移すと、年季の入った渋い風合いの木造の納屋と、素朴な木柵が佇んでいる。
海からの風を受け続けるモントレー・サイプレスの防風林と、古き良き牧場文化の建造物。
この組み合わせは、広大なサンタクルーズ山脈の中でも、海寄りのエリアでしか見ることのできない。
この写真には、目に見えないはずの「空気の流れそのもの」が、写り込んでいた。
「風の記憶」が定着した一枚である。
エピローグ
あれから長い年月が経った。
形あるものは変わり、あの時すれ違った馬も、もうそこにはいないかもしれない。
しかし、あの乾いた空気、
耳鳴りがするほどの静寂、
そして、山の風が海の風へと変わったあの劇的な瞬間。
今も私の記憶の中で、当時の姿のまま流れ続けている。
カリフォルニアの風は、今もあの丘を吹き抜けているだろうか?
旅は続く →

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