― ロードトリップ1日目・午後|サン・グレゴリオ、ジェネラル・ストア 94074 「生きたタイムカプセル」の物語(1991)―

San Gregorio Post Office and General Store across from the historic Stage Stop, California, 1991
San Gregorio Post Office, CA, USA — May 1991 · Velvia50

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ROAD TRIP 1990–1992


1991年5月。ナビもスマートフォンもない時代、紙の地図だけを頼りに始まったロードトリップ。1日目午後の、サン・グレゴリオ(San Gregorio)での記録。サン・グレゴリオ・ジェネラル・ストア(SAN GREGORIO GENERAL STORE)の歴史と現在、サン・グレゴリオ郵便局(SAN GREGORIO POST OFFICE)などを紹介します。


カリフォルニア ルート84(California Route 84)とStage Roadが交わるその小さな交差点は、ひび割れ穴の空いた砂埃の舞う舗装道路だった。
道路脇には、町というより「かつて町だった気配」だけが漂っていた。

視線の先は、19世紀後半、サンフランシスコの富豪たちが丸一日かけて駅馬車でやってきた場所。
今は朽ち果てた木造の廃墟、SAN GREGORIO STAGE STOPだ。
そこに、ゼペット爺さんとピノキオの不器用な幻想を見た。
でも、今はもう人の気配すら感じられなかった。

そして、その道路を挟んだ真向かいに、この場所の真の主役が佇んでいた。

西部劇のメキシコを思わせる「スパニッシュ瓦のタイムカプセル」

真っ白い壁の、低く横に長い建物。
よく観察すると、アーチ型の窓と高い天井が特徴的だった。
壁には装飾タイルが埋め込まれ、強い日差しに焼かれたアドビ瓦はすっかり色褪せている。
それは、典型的なスペイン様式のスタッコ(漆喰)造りの建物だった。
左側の一部が「POST OFFICE」、右側が「GENERAL STORE」。
今にも、ソンブレロを被った老人がロバを引いて現れそうだった。

周りは、見渡す限りの牧草地帯。
緑というより、少し乾いた色の草がゆるやかに揺れている。
近くに古い木製のフェンスがあり、その向こうも同じ景色が続いていた。

ここでも人影はない。
店の前に立っても、誰かが出てくる気配はない。
隣に、敷地の広い家が一軒。
周りは、牧草地帯に囲まれている。
それでも、建物はまちがいなく「現役」として使われていた。
その証拠に、扉は開いていた。
完全に閉ざされていないという事実だけが、この場所をかろうじて1991年の当時につなぎ止めていた。

San Gregorio ranch fence and rolling green hills along California Route 84, photographed in 1991.
San Gregorio, CA, USA — May 1991 ·Velvia 50

世界一ミニマムな郵便局と地域の伝統

中は暗く、ひんやりしていた。
外の強い光とのコントラストで、一瞬視界が効かなくなる。
古い木と、ほんの少しの湿り気、そして紙の匂い。
視界が戻ってくると、そこはバスルームほどの小ささの、世界で一番ミニマムなPOST OFFICEだった。
19世紀のジェネラル・ストアが、「地域の中心地」だった時代の伝統をそのまま残していた。

インターネットも携帯電話もない時代。
農夫やランチャー(牧場主)たちは週に一度、この店に生活物資を買いに来ていた。
同時に、この小さな郵便局で手紙を受け取り、地元のゴシップを交換し合っていたのだ。

1889年創業、そして図太き生活の断片

カウンターの隅に、一枚の古い警告看板を見つけた。

「壁や床に唾を吐くことを禁ずる(Spitting on the walls and floor is prohibited)」

思わず口元が緩む。
これはユーモアではない。

かつてここへ集まってきたカウボーイや農夫たちは、噛みタバコをクチャクチャとやりながら、ところ構わず吐き捨てていた。
そんな時代の名残だ。
博物館のガラスケースの中ではなく、今も現役の店の壁にそれが何気なく残されていた。
アメリカの「過去を捨てない図太さ」を感じて、たまらなく愛おしくなった。

帰国してから、ずっと後になって知った。
このストアがここで産声をあげたのは1889年。
明治22年、日本がまだ鹿鳴館の時代に、この店はもうここにあった。
1932年の火災で焼け落ちても、人々は建て直した。

擦り切れた床板に刻まれた「ボックス・システム」

この擦り切れた床板の上には、さらに別の「古き良きライフスタイル」の歴史が刻まれている。
それが「ボックス・システム」だ。

かつて、自動車が普及し始めた20世紀前半。
地元の牧場主たちは朝、仕事へ向かう途中にこのストアに立ち寄る。
そして、欲しい食料品や資材の注文メモを置いていった。
店主は日中にそれを箱に詰め、名前を書いたタグをつけておく。
夕方、仕事を終えた牧場主たちが店に戻ると、自分の箱が用意されていた。
そのままバーで一杯引っ掛けてから、箱を車に積んで帰るのだ。
この光景は、1950年代頃まで日常的に行われていた。

ここには、確かに人の暮らしがあった。
買い物があり、郵便を待つ期待があり、酒場で交わされる噂話があった。
そして1991年の今、そのすべてはミニマムの、けれど最高に濃密な形で残っている。
POST OFFICEとGENERAL STORE。
それだけで、この場所はまだ「町」であり続けているのだ。

歴史の境界線に立ち、太平洋を目指す

この小さな郵便局から日本の自分の部屋へ向けて、ポストカードを投函することにした。
隣のジェネラル・ストアで買ったポストカードだ。
帰国して、このポストカードを手に取るのはいつの日だろうか?
消印には「94074」というサン・グレゴリオのジップコードが押されるはずだ。
風だけが通るこの窓口から、太平洋を越えて自分の日常へ送られる手紙。
なんだか、タイムカプセルにメッセージを詰めているような気分で書いた。

外に出る。相変わらず、人の姿はない。
カリフォルニアの強い太陽が、再び肌をじりじりと焼き始める。
ここでは、不思議と寂しさは感じない。
むしろ「ここはまだ終わっていないよ、しぶとく生きているよ」という感覚を受けた。

風が吹く。草が揺れる。
道を挟んだ向こう側で、古いSTAGE STOPがじっとこちらを見ている。
カリフォルニア ルート84(La Honda Road、San Gregorio Road)という3つの名前をもつ贅沢な一本の道を挟んで、
西部の過去は向こう側に眠り、
1889年から続く現在は、かろうじてこちら側に残っていた。
そして1991年の自分は、その境界線でしばらく動けずにいた。

旅は続く

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