
ROAD TRIP 1990–1992
1991年5月。ナビもスマートフォンもない時代、紙の地図だけを頼りに始まったロードトリップ。1日目午後のサン・グレゴリオ(San Gregorio)での記録。サン・グレゴリオ・ステージ・ストップ(SAN GREGORIO STAGE STOP)の歴史と現在、ピノキオの物語とゼペット爺さんの小屋などを紹介します。
タイムマシンは西へ向かう
あの広大な牧場の一角で、風が形作った風景写真を撮り終えた。
その後、太平洋を目指して再び西へ向かった。
カリフォルニア ルート84(California Route 84)は、西へ走るほどに奇妙な錯覚を植え付けてきた。
午前中いたのは、世界の最先端を突っ走るシリコンバレーのすぐ近くだ。
しかし、そこからウッドサイド(Woodside)、ラ・オンダ(La Honda)、サン・グレゴリオ(San Gregorio)へと車を進めるにつれ、周りの景色は恐ろしいスピードで時代を逆行し始める。
まるで、ダッシュボードの時計ではなく、車そのものがタイムマシンになってしまったかのように‥‥‥
走れば走るほど、周りに見える風景は10年前、50年前、100年前と過去へ遡っていくのだ。
やがて、車窓を流れる景色が少しずつ変わってきた。
道を取り囲んでいたなだらかな丘は、進むにつれて徐々にその背を低くしていく。
そして、視界から完全に消え去った。
でも、まだ水平線は見えない。
五感が「もうすぐ、そこに太平洋があるぞ」と激しく主張し始めていた。
私の心は、すでに車の数マイル先を走り抜け、広い海へと到着していた。
そのときだった。
ルート84とStage Roadが交わる、頼りないほど小さな交差点を通過した。
まさにその瞬間。
視界の端に、一軒の奇妙な小屋が飛び込んできた。
「引き返せ」という予感、数分間の違和感
古びた木の壁。
長年の風雨で少し歪んでしまった屋根。
そして、てっぺんからぽつんと突き出た錆びた煙突。
通り過ぎたのは一瞬だった。
しかし、私の脳内の引き出しが、ガタガタと音を立てて勝手に開き始めた。
頭の中にある古いイメージと、その小屋のシルエットが完璧に重なった。
――ピノキオ?
そうだ!子どもの頃、何度もページをめくったあの絵本。
嘘をつくと鼻が伸びる男の子の操り人形の物語だ。
優しくて孤独なゼペット爺さんが暮らしていた、あの小さな木の小屋だ。
古い木の匂いがしそうで、どこか不器用な温かみがあって、少しだけ歪んでいる家。
大人になって、しかも1991年のカリフォルニアのローカルロードを走っている最中なのに‥‥‥
まさか、ディズニーや童話の世界に、頭をまるごと持っていかれるとは思わなかった。
けれど、私の心はすでに海のモードである。
「まあ、気のせいか」と自分に言い聞かせた。
車はそのまま止まらずに直進した。
風はますます潮っぽくなり、海はすぐそこだった。
でも、なぜだろう?
猛烈に、何かがが引っかかる。
バックミラーに映る、遠ざかっていくあの小屋。
「今ここで車を止めなければ、もう二度とあの小屋には会えない」
なぜか根拠のない、けれど決定的な予感が胸を突いた。
ほんの数分の違和感。
旅において、その直感を無視することはできない。
あとで、一生の悔いを残すことを経験的に知っていたからだ。
ウインカーを出し、誰もいない道で砂埃をあげてUターンした。
ほんの数分前に通り過ぎた場所へ戻るだけなのに‥‥‥
妙にその道のりが長く感じられた。
看板の文字と30年後の答え
近づいてみると、ファンタジーの霧は少しずつ晴れ、現実のディテールが見えてきた。
小屋の正面には、もう動かないと思われる時代物のガソリンポンプがぽつんと置かれていた。
そして、年季の入った看板には、剥げかけた文字でこう書かれていた。
「SAN GREGORIO STAGE STOP」
「ステージ・ストップ……駅馬車の中継所、か?」
なるほど、と声に出してみたものの、当時の自分にとってはそこまでのことだった。
ネットもスマホもない1991年、それ以上の情報を引き出す術はない。
さらに気になって小屋の裏手に回ってみる。
そこには、もう一つの文字が残されていた。
「UNION OIL PRODUCTS」
そしてその下には、やはり「SAN GREGORIO STAGE STOP」 と、今にも消え入りそうな文字で重ねるように書かれていた。
意味は分からなかった。
ただ、この建物が背負ってきた時間が、想像を超えて遥かに古いことだけは肌で理解できた。
そして、なぜだか分からないけれど、猛烈に懐かしく感じた。
初めて訪れたカリフォルニアの田舎の、ただの古い小屋なのに。
理由のないノスタルジーだけが、私の心にべったりと張り付いて離れなかった。
そして、この建物の「本当の正体」を知ったのは、ずっと後のことだ。
ロードトリップから、なんと35年も経っていた。
この記事を書くために調べて初めて知ったのだ。
あの場所の時間は、私が思っているよりも、ずっとずっと古かったのだ。

セレブの聖地と歴史の交差点
今ではのどかな田舎町、というよりは「ただの寂しい交差点」に過ぎないサン・グレゴリオ。
19世紀後半の最盛期(1850〜1860年代)には、サンフランシスコの富豪たちが大挙して押し寄せていた。
カリフォルニア屈指の一大リゾート地だったというのだ。
当時、サンフランシスコの裕福なエリートたちは、ガタガタと激しく揺れる駅馬車(ステージコーチ)にわざわざ何時間も乗って、この地を目指した。
目的は、都会の喧騒を離れたハンティング、釣り、海水浴、そして優雅なボートレース。
そして、1865年に建設された高級ホテル「サン・グレゴリオ・ハウス」。
ここは毎週末になると、ドレスやスーツに身を包んだセレブたちの華やかな社交場となっていた。
恐ろしいほどの賑わいを見せていたらしい。
旅人たちは埃まみれのままこのステージ・ストップに降り立ち、冷たいビールを喉に流し込む。
馬を替え、一晩の宿をとった。
現在で言えば、巨大なハイウェイのサービスエリアと高級リゾートホテルが合体したような、地域の中心地だったのだ。
その独特な景観はハリウッドの目にも留まり、後年には映画やテレビドラマのロケ地としても度々使われることになる。
かつて富豪たちが馬車から降り立った、まさにその場所で、今度はカメラが回り、役者たちが演技をしていたのだ。
ホテルとして栄華を極め、ガソリンスタンドとして自動車を迎え、映画の舞台になり……
時代に合わせて役割を変えながら、この小屋は100年以上の時間をしぶとく生き抜いてきたのだった。
事実よりも先に、記憶がある
……と、ここまで調べておいて何なのだが、
正直に言えば、その壮大な歴史を知ったとき、少しだけ「どうでもいいや」とも思った。
あの1991年の日、海へ向かう途中で出会ったあの小屋は、どこをどう見ても「ゼペット爺さんの、ピノキオの小屋」だった。
それだけで、もう十分に完璧だったのだ。
歴史や事実なんてものは、いつでも後から付いてくる。
学者やガイドブックがどれだけ立派な過去を証明したところで、あの瞬間に私の心が感じた「物語の世界へ引きずり込まれるようなワクワク感」に勝るものはない。
日本人はよく「侘び、寂び」という言葉を使う。
古びたもの、朽ちていくものの中に、静かな終わりを見出す美意識だ。
けれど、このサン・グレゴリオの小屋が見せる姿は、それとは少し違う。
彼は、朽ち果てていきながらも、決して終わっていないのだ。
駅馬車が消えればガソリンを売り、リゾートが終われば酪農の景色に溶け込み。
名前も役割も変えながら、ただひたすらに「しぶとく」そこに残り続けている。
そこにあるのは、繊細な美しさというよりは、むしろアメリカ開拓時代特有の、呆れるほどの「図太さ」だ。
古いものをすぐにスクラップ&ビルドして、土地の有効活用という名のもとに真新しいビルを建ててしまう日本。
それに比べ、こういう「ただそこに残っているだけ」の頑固な彼が、たまらなく羨ましく、そして愛おしくなる。
海へ向かう途中で、私を引き止めた小さな小屋。
あの日、私の中に現れたピノキオの物語は、歴史の荒波にも、現代の壁にも消されることはなかった。
あの日引き返した道だけは、35年経った今も、まだ終わっていない。
旅は続く →
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