
ROAD TRIP 1990–1992
1991年5月。ナビもスマートフォンもない時代、紙の地図だけを頼りに始まったロードトリップ。カウボーイの町ウッドサイド(Woodside)での、1日目午後の記録。古い牧草トラック、California Blue License Plate、Four Corners、アリソンズ・カントリー・レストラン (Alice’s Restaurant)の話などを紹介します。
古い牧草トラックに目を奪われる
目の前には、木製の囲いを組み上げた古いトラックが停まっていた。
先ほど、カウボーイが降りてきたトラックだ。
これはステークベッド(Stake Bed)と呼ばれる構造だった。
平ボディの荷台に木製の柵を組み合わせたもので、最初は檻かと思った。
しかし、このトラックの荷台には、四角く圧縮された干し草が積まれていた。
そして、近くには泥の付いたピックアップトラックが停まっていた。
さらに、その隣には馬を運ぶためのトレーラーが停まっていた。
これは牧場で見かける風景ではない。
昼食を買うために立ち寄った、スーパーマーケットの駐車場だった。
買い物袋を提げた人々の間を、泥の付いたブーツの男たちが歩いていた。
駐車場そのものが面白かった。
日本のスーパーマーケットなら、買い物を終えれば誰も車など見ない。
しかし、ここは違っていた。
駐車場を見渡すだけで、その土地の暮らしが見えてきた。
昼食を買いに来ただけなのに、気づけばこの町の暮らしを覗き込んでいた。

California Blue License Plate
さらに興味深かったのは、そのトラックの古さだった。
当時の私は、年式まではわからなかった。
しかし、車に付いていた青地に黄色文字のナンバープレートが教えてくれた。
それは、California Blue License Plate。
1969年から1987年まで発行されていた、カリフォルニア州のナンバープレートである。
アメリカでは、ナンバーは車と共に長く使われる。
そのため、古い車は古いプレートのまま走り続ける。
つまり青いプレートは、長い年月をこの土地で生きてきた証でもあった。
実際、アメリカでは1970年代の車が、1990年代にも普通に走っていた。
そんな光景を私は何度も見た。
フリーウェイでは、初代TOYOTA Corollaや初代HONDA Civicを見かけた。
周りの車の流れに乗って、65mph(約105km/h)で走り続けていた。
日本では、とっくに姿を消した車だった。
カリフォルニアの乾燥した気候は、ボディが傷みにくい。
だから、車は長く生き残る。
アメリカの道路には、その国の時間がそのまま走っているように見えた。
森の向こうにある海へ
昼食を終えて、再び車に乗り込み、西へ向かった。
目的地は太平洋だった。
カリフォルニア ルート84(California Route 84) は、しばらく穏やかな林の中を進んでいく。
どこか、軽井沢を思わせる雰囲気だった。
道路脇には背の高い木々が並び、ときどき途切れる。
その隙間から見える家々は、日本では想像できないほど広い敷地を持っていた。
テニスコート。
プール。
白い木柵。
そして乗馬練習用の馬場。
ここが、Appleの本社から車で20分の場所とは信じ難かった。
やがて、道はワインディングロードへと変わる。
緩やかな上り坂が続き、急なカーブが増えてくる。
車は、少しずつサンタクルーズ山地へ吸い込まれていった。
海へ向かっているはずなのに、まるで深く暗い森へ入っていくような感覚だった。
次のカーブの先には、何があるのかわからない。
ロードトリップらしい、高揚感が少しずつ増していく。
森の中に現れた交差点
そして突然、森が開けた。
ほんの一瞬だった。
木々に囲まれた世界の中に、小さな街が現れた。
キャンプ場の入口のようにも見えた。
屋根もない、古いガソリンポンプが突っ立っただけのガソリンスタンド。
西部劇のセットのような、小さなゼネラルストア。
そして、その向かいを二度見した。
さっきまで馬の町だったはずなのに‥‥‥
今度はハーレーダビッドソン(Harley-Davidson)が山を埋め尽くしていた。
森の静けさと、クロームメッキの輝きがあまりにも似つかわしくなかった。
後年、ハーレーが並んでいた建物は、アリソンズ・カントリー・レストラン (Alice’s Restaurant)だと知る。
もともとは、20世紀初頭に伐採業者向けのゼネラルストアとして建てられた建物である。
後に、山道を走るライダーやドライバーたちの集合地点になっていた。
週末になると、ハーレーだけでなく、BMW、Ducati、フェラーリ(Ferrari )、ポルシェ(Porsche)、コブラ(Cobra)のレプリカまで集まる。
森の中のモーターショーのような場所だったのである。

Four Cornersという名前の意味
当時の私は、何も知らなかった。
ただ、森の中に突然現れたその場所が強く印象に残った。
地図を見た。
そこはCalifornia Route 84とSkyline Boulevard(California Route 35)が交差するFour Cornersだった。
しかし今振り返ると、私にとって重要だったのは道路の名前ではない。
その場所で交差していたのは、二本の道路ではなく二つの文化だった。
東へ下ればシリコンバレー。
世界を変えるテクノロジー企業が集まり始めていた場所。
その一方で、ほんの30分ほど離れたこの山の中には、
馬の横断標識が立ち、
牧草トラックが走り、
乗馬文化が日常の風景として残っていた。
Alice’s Restaurantの前にはハーレーが並び、古いゼネラルストアは今も人々を迎えている。
未来へ向かうアメリカと、開拓時代から続くアメリカ。
まったく異なる二つの時間が、互いに排除されることなく共存していた。
自分にとってFour Cornersは、California Route 84とSkyline Boulevardが交差する場所ではなかった。
「ハイテクの未来」と「西部開拓時代の名残」が交差する場所だった。
旅は続く →
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