
ROAD TRIP 1990–1992
はじめに
1991年5月。
紙の地図だけを頼りに始まった、ロードトリップ初日。
朝のサクラメント(Sacramento)を出発した若者は、まだアメリカという国を「見る側」の存在でした。
巨大なハイウェイ、長い橋、深い森、古い牧場、小さな郵便局、そして世界で最も広い海、太平洋。
次々と現れる景色は、憧れていたアメリカの断片を現実へと変えていきました。
そして日が沈む頃には、旅人はただの見物客ではなく、この国の日常の中を走る一人の参加者になっていました。
Day1は、単なる移動日ではありません。
憧れだったアメリカが、初めて実態を伴った現実へと変わった一日でした。
▶ Day 1 Navigation|Day1の全15記事一覧はこちら
この日のテーマ
地図の上にしか存在しなかったアメリカが、初めて現実の風景へと姿を変えた日。
そして、見物客だった旅人が、少しだけアメリカの日常へ参加した日。
ルート概要
- 日付:1991年5月
- 走行距離:約440マイル(約710km)
- 走行時間:約14〜15時間
- 出発地:サクラメント(Sacramento)CA.
- 到着地:サンタマリア(Santa Maria)CA.
- 走行ルート:
- サクラメント(Sacramento )→
- I-5(Interstate 5)→
- I-80(Interstate 80)→
- I-880 (Interstate 880)→
- サンマテオ・ ヘイワード橋(San Mateo–Hayward Bridge) →
- ルート101 ( U.S. Route 101)→
- ルート84(California State Route 84) →
- ルート1(California State Route 1 )→
- サンタマリア(Santa Maria)
- 主な立ち寄り地点:
- ウッドサイド(Woodside)
- ラ オンダ(La Honda)
- サン グレゴリオ(San Gregorio)
- サン グレゴリオ ステート ビーチ(San Gregorio State Beach)
- サンタクルーズ(Santa Cruz)
- ビッグ サー(Big Sur)
- 宿泊地:サンタマリア(Santa Maria)
- 宿泊先:エアポート・ヒルトン(Airport Hilton)
この日の旅を振り返る
サクラメントを出発した旅は、Interstate 80を西へ向かうところから始まりました。
巨大なハイウェイを走り、サンマテオ橋を渡り、シリコンバレー(Silicon Valley)の生活風景を抜け、ルート84へ入ります。
ウッドサイドの牧歌的な町並み、ラ・ホンダの森、赤い納屋、General Store、1889年創業の郵便局を通り過ぎ、ついにサン・グレゴリオ・ステート・ビーチで太平洋へ到達しました。
そこから、旅は第2章へ入ります。
ルート1の断崖絶壁を南へ走り続け、サンタクルーズでセルフ給油を経験し、公衆電話からホテルを予約します。
時間という新たな制約を抱えながら、モントレー(Monterey)とカーメル(Carmel-by-the-Sea)を通過し、夕暮れのビッグサーを越え、深夜のサンタマリアへ辿り着きました。
振り返れば、それは一日でありながら、まるで数日分の出来事が詰め込まれたような、とても長い旅でした。
印象に残った出来事
1. Route84 ― 過去へ向かうタイムマシン
ルート101 を降り、ルート84へ入った瞬間から、景色だけでなく時間の流れまで変わったように感じました。
巨大なハイウェイは姿を消し、牧場や森、赤い納屋が現れました。
ラ・ホンダの静かな空気。
General Store。
1889年創業の小さな郵便局。
そこから、自分宛てに絵葉書を出しました。
ルート84は、単なる道路ではありませんでした。
そこには、現代のカリフォルニアだけではなく、駅馬車の時代から続く歴史が残っていました。
35年後の今振り返ると、この区間はまるで過去へ向かうタイムマシンだったように思えます。
そして、そのタイムマシンの終点には太平洋が待っていました。
関連記事
▶ La Honda Creek Preserveの赤い納屋(1991)
▶ サン・グレゴリオ、風の記憶を追いかけて(1991)
▶ サン・グレゴリオ、ステージストップの物語(1991)
▶ サン・グレゴリオ、ジェネラル・ストア 94074 「生きたタイムカプセル」の物語(1991)
2. 海との最初の出会い
サン・グレゴリオ・ステート・ビーチで初めて太平洋を見た瞬間は、初日前半のクライマックスでした。
ルート84は、単なる道路ではありませんでした。
巨大な森を抜け、広い牧場を通り、駅馬車文化の名残が残る場所を走り抜けました。
それは、時間旅行のような道でした。
そして、その終点に待っていたのは、圧倒的な青でした。
しかし、その海は単なる目的地ではありません。
そこには、歓声を上げる若者たちがいました。
ビーチで楽しむ人々がいました。
風が吹き、波が砕け、生活がありました。
幼い頃からテレビや映画で見てきた「西海岸」が、初めて現実の風景になった瞬間でした。
そして、その先にはルート1が待っていました。
ルート84が過去へ向かう道だったとすれば、ルート1は未来へ向かう道だったのかもしれません。
関連記事:
▶ サン・グレゴリオ・ステート・ビーチ、ルート84が終わり、太平洋が始まった場所(1991)
▶ サン・グレゴリオ・ステート・ビーチ、ルート84の終点で見た 「過去・現在・未来」(1991)
3. 公衆電話で宿を探した午後
今なら、スマートフォンを取り出せば数分で終わる作業です。
しかし、1991年は違いました。
ホテルの電話番号がわからない。
インターネットもない。
携帯電話もない。
頼れるのは、公衆電話と番号案内だけでした。
サンタクルーズのガソリンスタンドで、地図を広げます。
そして、自分が想像していた以上に、サンタマリアが遠いことを知ります。
ルート1はまだ終わらない。
ホテルは予約していない。
夕方は近づいている。
初めて、旅の現実が重くのしかかった瞬間でした。
番号案内へ電話し、慣れない英語でホテルの電話番号を聞き取り、ようやくエアポートヒルトンの予約を終えました。
その時は、単に部屋を確保しただけだと思っていました。
しかし、35年後の今ならわかります。
あの受話器を置いた瞬間から、自分は「自由な旅人」ではなくなっていたのです。
安心と引き換えに、時間という見えない鎖に縛られていたのでした。
関連記事:
▶ サンタクルーズ、公衆電話が旅を変えた日(1991)
4. モントレー・カーメルを通過した悔しさ
旅には、辿り着いた場所だけではなく、辿り着けなかった場所もあります。
モントレー。
カーメル。
有名な水族館。
海辺のレストラン。
クリント・イーストウッド(Clint Eastwood)の町。
本当は立ち寄りたかった。
だが、予約したホテルが待っていました。
旅には、時間の制約があります。
そして、限られた時間の中では、必ず何かを諦めなければなりません。
その時は悔しかった。
しかし今振り返ると、不思議とその悔しさの方が記憶に残っているのです。
記憶は、手に入れた景色だけで作られるわけではないことがわかります。
失われた機会や、通り過ぎた憧れもまた、旅の一部なのだと思います。
関連記事:
▶ モントレーとカーメル、辿り着けなかった場所たち(1991)
5. 日没のルート1
夕陽が海へ沈み、ビッグサーが終わりを迎える頃、前方には一台の赤い日本製コンパクトカーだけが走っていました。
どこへ向かうのか?
誰が乗っているのか?
想像を巡らせながら、その車の後ろを走り続けました。
そして、若者は気づきます。
自分自身もまた、どこへ向かっているのか分からなかったのです。
ただ、西の奥深くへ向かい走り続けていた‥‥‥
気がつくと、昼間の太平洋は見えなくなっていました。
しかし、闇の向こうには相変わらず巨大な海が存在していました。
海風。
ロードノイズ。
エンジン音。
熱を持った車のシート。
長い一日を振り返るために必要だったのは、景色ではなく、日没の静かな時間だったのかもしれません。
関連記事:
▶ ビッグサーからサンタマリア、ロードトリップ初日の終着点(1991)
35年後に振り返って
当時の自分は、アメリカを見に来たつもりでした。
CHiPs(白バイ野郎ジョン&パンチ)。
ルート1。
カウボーイ。
ワーゲンバス。
西海岸。
すべては憧れでした。
しかし振り返ると、Day1で経験していたのは観光ではありませんでした。
生活だったのです。
コーヒーを自分で注ぐ。
ドーナツを自分で選んで包む。
ガソリンを自分で入れる。
フロントガラスを自分で磨く。
ドアを開けて待っていてくれる人がいる。
そして次は、自分が誰かのためにドアを押さえる。
そうした小さな出来事の積み重ねが、アメリカという国の輪郭を少しずつ教えてくれました。
ルート84は、過去へ向かうタイムマシンでした。
森を抜け、赤い納屋を見て、小さな郵便局から自分宛てに絵葉書を送り、駅馬車文化の残り香を感じながら海へ辿り着きました。
そして、ルート1は未来でした。
終わらない海岸線。
セルフサービス文化。
時間との戦い。
自由と義務。
見物客から参加者へ。
Day1は、西海岸へ到達した日ではありません。
1991年の若者が、初めてアメリカという巨大な日常の中へ足を踏み入れた日だったのです。
おわりに
Day1は、何かを達成した日ではありませんでした。
むしろ、自分が何を探しているのかさえ、まだ分かっていなかったのです。
ただ、西へ向かいたかった。
海を見たかった。
ルート1を走ってみたかった。
ただそれだけの日だったのです。
しかし、35年後の今になって思います。
あの日始まったのは、単なるロードトリップではなかったのです。
アメリカという国を知る旅であり、自分自身を知る旅でもあったのです。
そして、その長い旅は、まだ始まったばかりでした。
関連記事
▶ 1991年アメリカ西部ロードトリップ Day 1|初日のロードマップ
Day 1の記事一覧
- アメリカ西部ロードトリップ開始(1991)
- サンマテオ ヘイワード橋と静かなシリコンバレー(1991)
- ウッドサイド、スーパーの駐車場に現れたカウボーイ(1991)
- ウッドサイド、シリコンバレーとカウボーイ文化が交差した場所(1991)
- La Honda Creek Preserveの赤い納屋(1991)
- サン・グレゴリオ、風の記憶を追いかけて(1991)
- サン・グレゴリオ、ステージストップの物語(1991)
- サン・グレゴリオ、ジェネラル・ストア 94074 「生きたタイムカプセル」の物語(1991)
- サン・グレゴリオ・ステート・ビーチ、ルート84が終わり、太平洋が始まった場所(1991)
- サン・グレゴリオ・ステート・ビーチ、ルート84の終点で見た 「過去・現在・未来」(1991)
- サンマテオ郡南部海岸、初めて走ったカリフォルニア・ルート1(1991)
- サンタクルーズ、コーヒーとドーナツと自由満タン(1991)
- サンタクルーズ、公衆電話が旅を変えた日(1991)
- モントレーとカーメル、辿り着けなかった場所たち(1991)
- ビッグサーからサンタマリア、ロードトリップ初日の終着点(1991)
Kindle版について
このロードトリップは、後日Kindle版として再編集予定です。
Kindle版には未公開写真や、本編では触れられなかった旅の裏話、35年後の視点からの追記を収録予定です。
おたのしみに。