
ESSAY
サクラメントで暮らしていた頃、ひとつだけ疑わなかったことがあります。水道代はかからないという思い込みでした。請求は来なかった。芝生は異様に青かった。そして私は、その理由を自分なりに説明してしまった。30年後、その物語はあっけなく崩れることになりました。
30年以上、水はタダだと本気で思っていた
1990年から数年間、
カリフォルニア州の州都サクラメントでアパート暮らしをしていた。
電気代は請求が来た。
ガス代も請求が来た。
電話代も請求が来た。
しかし、
水道料金は一度も請求が来なかった。
「なるほど、アメリカは水がタダなのか!」
二回引っ越したが、結果は同じ。
若かった私は、そこで思考を止めた。
若さとは、根拠のない確信のことを言う。
青すぎる芝生という共犯者
市内の芝生は、リトグラフの版画のように青かった。
カリフォルニアの空に負けないくらい。
Velviaで撮れば、ほとんど二次色となる。
スプリンクラーは躊躇なく回り続ける。
昼夜問わず、水は惜しみなく撒かれる。
誰も止めない。請求も来ない。
「ほら見ろ。水はタダなんだ!」
芝生は青さは、私の妄想に全面協力していた。
人間は、都合のいい証拠を“現実”と呼ぶ。
物語をつくるのは、だいたい自分だ
そのうち私は、もっともらしい都市伝説まで信じた。
「サクラメントは都市緑化政策で水道代を無料にしているらしい」
誰が言ったのか?
覚えていない。
さらにこう続く。
「その代わり、緑を植えなかったり、植えても枯らすと罰金らしい」
市内の緑や芝生はその物語を肯定してくれた。
人は、現実を見るよりも整合性のある物語を選ぶ。
30年後の無慈悲な現実
帰国後も、私は長年そう信じていた。
「アメリカは水がタダ!」
だが最近、何気なく調べた。
水道は普通に有料。
現在はメーター制。干ばつで散水制限。
むしろ水にはうるさい市だった。
結論はシンプルだった。
水道代は家賃込みだっただけ。
壮大なアメリカ文明論は、検索結果の一行に敗北した。
「なんでこんなことになったの?」という違和感。
実はもっと大きな違いにつながっています
→ 日米の仕組み全体の違いを見る
それでも残るもの
制度は誤解だった。
だが、フィルムの中の芝生は確かに青い。
写真は嘘をつかない。
ただし意味は与えない。
意味を作っていたのは私だった。
水がタダだと思ったのは、請求がなかったからではない。
あの時代の空気を、無限だと感じたからだ。
人は、信じたい世界を作る
考えてみれば、
請求が来ない
芝生が青い
アメリカは広い
これだけで私は「水資源政策」まで創作していた。
もし当時SNSがあったら危なかった。
私はきっとこう書いていただろう。
「アメリカでは水が無料。日本は遅れている」
若さは行動力を生むが、同時に壮大な勘違いも量産する。
だが、ひとつだけ本当のこと
制度は間違っていた。
だが、あの時の感覚は嘘ではない。
蛇口をひねると無限に出る水。
壊れていても噴水のように回り続けるスプリンクラー。
青すぎる芝生。
あの時、私は本気で思った。
この国は底が抜けている。
今思えば、底が抜けていたのは自分だっだ‥‥‥
それでも残るもの
写真を見返すと、芝生はやはり青い。
水は無料ではなかったが、あの時代の空気は、確かに豊かだった。
都市伝説を信じていたのは恥ずかしい。
だが30年後に笑えるなら、それはもう“失敗”ではない。
人は、水よりも簡単に思い込みを垂れ流す生き物なのだから。
写真と記憶
写真は事実を固定する。
だが記憶は、後から物語を上塗りする。
私は30年間、水よりも軽い思い込みを持ち歩いていた。
しかしその勘違いのおかげで、今こうして一枚の写真を、別の角度から見ることができる。
人は水よりも簡単に思い込みを垂れ流す生き物なのだから。
水はタダではなかった。
今回見たのは、あくまで一例です。
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